◆ARIAシリーズを振り返って 後編

――制作中の出来事で印象に残っていることはありますか?

天野 1期の11話(『その オレンジの日々は…』)で原画を描かせていただいたのは、いい思い出になりました。ものは試しでお願いしてみたのですが、まさか本当に描かせていただけるとは(笑)。

飯塚 本読み(脚本打ち合わせ)のときに編集さんからその話を聞いた佐藤監督が、まあ嬉しそうな表情をされていて(笑)。放っておくと、他の話数でも頼みかねない感じでしたよ。

佐藤 本当は1カットと言わず、10カットぐらい描いてほしかったぐらいです(笑)。この作品では原作とアニメとの距離感だけでなく、キャストと演じるキャラクターとの一体感もハンパじゃなくて、みんな普通に原作の連載を楽しみにしていたのも印象深いですね。そんな関係性もあって、作品により厚みが出たのではないかと思います。『ARIA』という作品は、灯里ならアリシア、アリシアなら灯里という具合にキャラクターの憧れや好きの対象がガッチリ決まっていて、それがどんどん強固になっていく構造なんですよね。それがキャストの関係にまで影響を与えていて、藍華役の斎藤(千和)さんと晃役の皆川(純子)さんが一緒にご飯を食べに行くようになったり、後輩3人組で旅行に行ったり、アニメから離れたところでも自然と“ARIA感”を楽しんじゃっているところがありましたから。

天野 今の話を聞いて思い出したのですが、アニメ放映中に斎藤さんが「藍華に晃さんという素敵な先輩がいるように、きっと晃さんにも支えになる人がいるんでしょうね」と仰っていたんです。それを聞いて「あなたでいいじゃない」と思えたのが、「クローバー」というお話を描いたきっかけなんですよ。

佐藤 アニメのアフレコをしていないときでも、それぞれが自分のキャラクターのことを考えてましたからね。あそこまでの関係はなかなかないと思います。物語に興味を持って「このキャラクターは今後どうなるんだろう?」というより、キャラクターそのものについて「どんな子なんだろう?」と自分の身の上に照らして考えるようなところがありましたから。

――個人的に気に入っているエピソードを教えてください。

飯塚 後輩3人が昇格する話はどれも大好きなんですけど、その合間に入ってくる、仕事が忙しくなったアリスがみんなに会えなくて淋しがるお話(3期11話『その 変わりゆく日々に…』)がけっこう気に入っています。アリスの「淋しいよう」のセリフに可哀想な気持ちになったと思ったら、次のシーンではアリスのところに遊びにきた灯里や藍華たちがギャグ顔でバナナをほおばっているという(笑)。そんな展開のあとに、会いにくる理由は「アリスちゃんで十分だよ」という素敵な言葉もあって。後輩3人の関係がすごく伝わってきますし、泣きと笑い両方の要素がある『ARIA』の魅力が凝縮された話数だと思います。

佐藤 ギャグ顔の入れ方は『ARIA』を描く上での極意ですよね。1期の11話でも、いい雰囲気になったところで手を振る灯里がいきなりギャグ顔になるじゃないですか。出来上がった作品を見るとたしかにあれしかないと思えるんだけど、何もない状態であの表現をしろと言われたら正直言って怖いですよ。

飯塚 わかります。原作がそうなっているからできますけど、普通ならきれいな表情で情感たっぷりに描きたくなるところですから。そこが『ARIA』らしさにもつながっているんでしょうね。

佐藤 それだけにオリジナルのエピソードになると、意外とギャグ顔の入れ所がわからない。天野さんとしては、あれは計算して描いているというより、「だってそうだもん♪」ぐらいな感じで感覚的に描いているわけですよね?

天野 どうなんでしょう? きっとシリアスなシーンが続くと、照れ隠しというか、お茶らけたくなってしまうんだと思います。それに、読者さんとしても、すべてきれいな絵でみっちり描かれていたら読んでいて疲れてしまうのではないでしょうか。ちょっと抜いた表情を入れることで、それが萌えポイントになってキャラクターに愛着を抱いてもらえるきっかけにもなりますし。でも、11話の灯里が手を振るシーンは、アニメに比べて原作ではわりとサクッと済ませているんですよ。ですから、あそこまで感動的なシーンに仕上げていただいたのは、佐藤監督の手腕に尽きると思います。あの話数は、個人的に気に入っているエピソードのひとつですね。あとは、なんと言っても3期の最終話(13話『その 新しいはじまりに…』)です。成長した灯里がお店のシャッターを清々しい表情で開けるシーンを観たとき、ここまでやってきて本当によかったと強く思いました。じつはお店のシャッターを開ける描写は、アニメの影響で意識して描くようになったんです。ですから、アニメがあったからこそ描けたシーンとも言えますね。

飯塚 最終話を作り終えたときは、我々もすごく達成感がありました。

佐藤 1期でアリシアさんが灯里に「ちょっと嬉しかっただけよ」と言うシーンを入れていなかったので、構成で少し苦労したのもいい思い出です(笑)。

天野 あのセリフは、私にとって初めてキャラクターが勝手に動き出すのを感じた経験だったんです。それまでの作品では話を作るのに必死で、キャラクターが勝手に動いてくれたことがなかったので。その意味でもすごく思い入れのあるシーンですし、あの瞬間から真の意味で『ARIA』がスタートしたようなところもあるんですよ。ですから、ずいぶん初期の段階から最後も同じセリフで終わらせたいと考えていました。

佐藤 物語を作るときって物事の背景にある込み入った理由を考えたりするわけですが、「ちょっと嬉しかっただけよ」ぐらいの感覚でも進められるんですね。その構造こそが、『ARIA』という作品では重要な柱になっているのではないでしょうか。ゆるさと言えばそうなんだけど、だからこそ作品全体を包み込む心地よさが生まれている気がします。

飯塚 佐藤監督はどのエピソードがお好きですか?

佐藤 どれか1本を選ぶのは難しいですね。ここは全部ということにしておきます(笑)。

 

 

©2015 天野こずえ/マッグガーデン・ARIAカンパニー
©2015 Kozue Amano/MAG Garden・ARIAcompany All Rights Reserved